Apr 16, 2011
webデザイナーに必要な知識とセンス
webデザイナーは、IT関連の職種であり、インターネットが広く普及している現代社会では非常に需要の高い人気職種ですが、webデザイナーはIT関連のサポートのほか、ホームページ等のデザインのセンスが必要なので、なかなか簡単に付けられる職種ではないこと、目標としている場合は、デザインセンスを磨くことも大切です。Web制作をしたい場合は、インターネット上で役立つ情報を集めてみましょう。 Web制作は自分で行うことができる部分もあって、要求して、専門作ってもらってしなければならないという部分も出てくると思います。また、作成する方法を知って自分で挑戦してみることができます。とにかく情報を集めてみないと分からないですよね。まず、情報を集めてみましょう。
「一番きれいな星が、ママだよ」。パパに教えられ、澄んだ夜空を見上げる。岩手県陸前高田市の保育園児、及川律ちゃん(4)は、東日本大震災で母久美子さん(32)を亡くした。「ぼくも流されて、ママに会いたいなあ。波になりたい」。小さな手で描いた母の似顔絵。いっしょに暮らし始めたおばあちゃんは、孫の無邪気な言葉を絵の裏に書き留めた。【長野宏美】
【ママに会えた】東日本大震災:孤立の保育園児67人…津波、対岸は火の海
市立図書館の職員だった久美子さん。あの日、大きな揺れの後で隣接する市立体育館に同僚らと避難し、そこで津波にのまれた。仕事着のエプロン姿のままだった。
律ちゃんと弟の詠(えい)ちゃん(2)は保育園で昼寝をしていた。旋律の「律」と歌の「詠」。ピアノ好きだった久美子さんが名前をつけた。兄弟は保育士に導かれ、靴を履かず上着も着ないで大津波から逃げた。「靴下だったから途中で足が痛くなって、先生にだっこしてもらったの」と律ちゃん。市職員の父克政さん(33)も無事だった。
☆
兄弟はいま、近くの母方の祖父母宅に避難している。久美子さんを思うと、祖母まみ子さん(62)は思わず涙ぐむ。律ちゃんも泣き顔になるが、すぐ笑顔を見せる。詠ちゃんは「バアバを守ってあげる」と得意のウルトラマンのポーズを取る。
津波が起きて7日後のことだった。こたつにいた律ちゃんがボールペンで絵を描いた。にっこり笑う母の顔。
「ぼくも流されてママに会いたいなあ」
津波の恐ろしさをまだ理解できず、母に会いたい思いを口にする律ちゃん。切ない気持ちで、まみ子さんは絵の裏にその言葉を書き込んだ。兄弟の写真や成長の記録をきちょうめんに整理していた久美子さん。「すべて流されたので、私が代わりにやってあげないと……。いつかこの時のことを孫たちに伝えるためにも、大事にとっておきます」
2人の孫の「作品」を水色の箱にしまっている。
☆
「ママがいるか、確かめるんだ」
律ちゃんは、パパやおばあちゃんと別棟にあるお風呂に行く時、夜空を見上げる。
「真ん中の一番きれいな星がママ。抱っこされて、夜空のキラキラお星になって、一緒に街を見たいな」
ママに会えたら、律ちゃんは伝えたいことがある。
「パパは無事だったよ。ママ、おうちにずっといてちょうだい」
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東日本大震災の義援金募金活動中の高校生から現金を脅し取ったとして、京都府警堀川署は7日までに、恐喝容疑で住所不定、建設作業員の少年(17)と、京都市右京区、塗装工の少年(17)を逮捕した。同署によると、作業員の少年は容疑を認め、塗装工の少年は「現場にいたが、やっていない」と否認しているという。
逮捕容疑は先月22日午後9時ごろ、京都市中京区の路上で、募金活動を終え帰宅途中の当時府立高校生だった少年(18)らを呼び止め、義援金を脅し取ろうとしたが、所持していなかったため、「じゃ、お前らので仕方ないな。殴られたくなかったら出せ」などと脅迫。計3人から現金2万6000円を脅し取った疑い。
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〔写真特集〕東北地方太平洋沖地震
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◇紙管組み立て、被災者家族もひと安心
避難所でも家族のプライバシーを守ろうと、筒状の紙管を使った「紙の建築」で知られる建築家の坂(ばん)茂さん(53)=東京都世田谷区=が3日、山形市落合町の市総合スポーツセンターの避難所で、自身が考案した紙の簡易間仕切りを避難者と一緒に組み立てた=写真。組み立てには、東北芸術工科大と慶応大の学生ボランティアや資材を無償提供した山形市松栄1の「シェルター」(木村一義社長)の社員ら約40人も手伝い、59の間仕切りができた。
間仕切りは長さ2メートルの紙管を組み合わせ、布のカーテンをつけたもの。5?6人いれば10分で組み立てられる。縦横4メートル、高さ2メートルの8畳間よりやや広いものが標準だが、大きくも小さくもできる。「ご近所」付き合いをする時はカーテンを開け、寝る時や着替える時は閉められる。
坂さんは86年から紙の建築を研究。04年の新潟県中越地震などで避難所のプライバシーの問題を実感。「周りの視線が常にあると寝ても疲れがなかなか取れない。心の気疲れを取り除きたい。避難者の方々も一緒に間仕切りを作る姿にはとても感動した」と話した。間仕切りを作ってもらった福島県南相馬市長渡、農業、山崎久子さん(64)は「これで娘が布団の中で着替えなくて済む。ありがたい」と話した。【鈴木健太】
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